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こんにちは!学生ライターのアイです!
突然ですが、皆さんは岐阜県にある「杉原千畝記念館」を知っていますか?
外交官として数千人ものユダヤ難民にビザを発行し、命を救ったと言われている杉原千畝。
ここはそんな彼の軌跡を辿る記念館です。
ということで今回は、岐阜県出身の偉大な人物「杉原千畝」の歴史と記念館の知られざる魅力についてお話ししたいと思います。
人道を優先した杉原千畝の決断力
まずは、彼の生い立ちや功績を詳しくご紹介していきます🔍
☆大学中退の末、外交官の道へ
杉原千畝は岐阜県八百津のごく普通の一般家庭で生まれ育ちました。幼少期から優秀な子として有名で、小学校では全科目最高得点をとるほど勤勉な生徒だったそうです。
そんな彼は高校卒業後、英語教師を目指し早稲田大学に入学します。順風満帆に大学生活を謳歌するかと思いきや、なんと大学を中退してしまいます。
実は、千畝の両親は英語教師になるという夢を快く思っておらず、大学生活での費用を一切出さない条件で千畝を進学させていました。
千畝は学費と生活費を稼ぐことが難しくなり、中退の道を選びましたが英語に関わる仕事がしたいという夢は捨てませんでした。
なんとかして英語を学びたいと思っていたその時、国の公費で留学ができる外務省の留学制度を見つけました。
寝る間を惜しんで猛勉強したおかげで見事、留学試験に合格した千畝。
ここから彼の外交官としての人生がスタートします。
☆迫られる決断~外交官時代~
留学生として中国のハルビンに派遣された千畝は、その類まれなる言語能力で周囲を圧倒します。
特に、ロシア語が優秀で、学校では「生徒としてではなく講師として働いてくれないか」と頼まれるほどの実力だったそうです。
周囲からの評価を得て、1939年にはヨーロッパ北部に位置するリトアニアの日本領事館領事代理に抜擢され、着々と出世の道を歩んでいきます。
一方その頃、ナチス政権によるユダヤ人の迫害が激化していたヨーロッパ。
千畝が在中していたリトアニアは、ユダヤ難民たちが国外脱出するための一時避難場所でした。
1940年7月18日の早朝、千畝が働く日本領事館にたくさんのユダヤ難民が助けを求めに来ました。
みんな口をそろえて日本へのビザの発行を懇願していたそうです。
無断でビザを発行するわけにはいかず、急いで本省へ連絡を取った千畝。しかし、本省からの返答は「ビザの発行は認められない」という内容でした。
上司からの命令に従うか、ユダヤ難民を救うべきか。選択を迫られ悩む千畝の心を動かしたのは、ユダヤ難民たちの姿でした。理不尽な虐殺に耐え、祖国を出て、それでも生きる事を諦めない彼らと、憔悴しきった彼らの子供たち。千畝は決断します。
「クビになってもかまわない、人道上拒否できない」と。
それから一か月間、彼は毎日ビザを書き続け、合計約2139人の命を救いました。
長年の苦労の末手に入れた外交官としての出世という人生を捨てても、自分の信念と正義を守り抜いた彼の強さには尊敬の念しかありません。
終戦後の1947年、千畝は外交官を辞職するように勧告されました。
しかし、彼のこの行為は辞職から44年後の1991年、当時の外務政務次官・鈴木宗男によって「勇気ある人道的行為」と認められ、外交史料館に「杉原千畝を讃える顕彰プレート」が設置されました。
岐阜県・杉原千畝記念館
千畝の勇気ある行いをもっとたくさんの人に知ってほしいという思いから作られた杉原千畝記念館。どのような展示物が置かれているのかをご紹介したいと思います。
1. ユダヤ人迫害に至る歴史
受付を入ってすぐの所にある最初の展示品は「ホロコーストの歴史について」です。
ホロコーストとはドイツから始まりヨーロッパ全土へ広がったユダヤ人への殺戮行為を指しています。
どのように歴史が動き、ユダヤ人迫害へと至ったのか。当時の世界情勢と千畝にビザの発行を求めざる負えなかったユダヤ人たちの経緯について詳しく解説されています。
2. ユダヤ人の思い~代々受け継ぐ感謝~
2つ目にご紹介する展示品は「千畝に寄せられた思い」です。
ここでは、千畝の勇気ある決断によって助けられたユダヤ人たちとその家族による感謝状の数々が展示されています。
助けられた本人だけでなく、千畝の行動を知った子孫たちまでもが、今も尚感謝していることが伝わりますね。
3. 「命のビザ」誕生の部屋
最後にご紹介するのは、千畝がビザを作成した部屋を復元した展示品「決断の部屋」です。
外交官としての未来を捨て、人道を優先した千畝が苦悩と葛藤で揺れ動いた部屋。
まさに「決断の部屋」と名付けられるのにふさわしいですね。
千畝が1か月間どのような思いで「命のビザ」を書き続けたのか。この展示品から彼の温かさと強い心に少し寄り添える気がします。
【施設情報】
住所:〒505-0301 岐阜県加茂郡八百津町八百津1071
電話番号:0574-43-2460
問い合わせ先:杉原千畝記念館
営業時間:記念館 9:30~17:00
休業日:毎週月曜日・年末年始
※祝日または振替休日の場合は翌日。
※年末年始の休館期間については電話にてお問い合わせください。
料金
【個人】 大人(高校生以上)300円
【団体】 大人(高校生以上)250円
※中学生以下は無料
※障害者手帳を提示の方は、団体料金
アクセス
東海環状道「可児御嵩IC」から県道83号線「やおつトンネル」経由 約20分
名鉄明智駅よりYAOバスで「八百津町ファミリーセンター」下車
やおまる西部に乗り換えて「人道の丘北」下車すぐ
※土日はやおまる西部は運行していません。タクシー等をご利用ください。
おわりに
いかがでしたか?
今回は岐阜県出身の偉人・杉原千畝と彼をより深く知ることができる記念館についてお話ししました。
杉原千畝記念館には、今回ご紹介した展示品以外にも千畝の歴史に触れられる品がたくさんありますので、ぜひみなさんも実際に見に行ってみてください。
杉原千畝は、時代が変わっても「自分の正義を貫く芯をもつ」大切さを現代の私たちに教えてくれている気がします。
この記事を読んで、彼の強い信念や行動に勇気をもらう人がいると嬉しいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
また次回お会いしましょう🍀
参考
杉原千畝記念館|観光スポット|岐阜県観光公式サイト 「岐阜の旅ガイド」
記念館のご案内/八百津町
杉原千畝について/八百津町
杉原千畝 - Wikipedia
ホロコーストとは?なぜ起きたのか・生存者の証言や現代への影響 - Spaceship Earth(スペースシップ・アース)|SDGs・ESGの取り組み事例から私たちにできる情報をすべての人に提供するメディア
意外と知らないロシア周辺国「リトアニアってどんな国?」 | 読むだけで世界地図が頭に入る本 | ダイヤモンド・オンライン
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