虐待やネグレクト、経済的困窮など、さまざまな事情で家族と離れ、社会的養護のもとで暮らす子どもたちが日本全国に約4.5万人います。そのうち半数以上が児童養護施設で生活しています。
過去に虐待などの苦しい経験があった子どもたちの中には
「幸せになんてなれるはずがない」
「自分なんかががんばっても、どうせうまくいかない」
「未来に希望なんて持てない」
という思いを抱えてしまう子もいます。
皆さんも胸に手を当てて自らに問いかけてみてください。
未来に希望をもてないのは、子どもたちの自己責任でしょうか?
特定非営利法人HUG for ALLは、児童養護施設の職員の方々、そして多様な“信頼できる大人たち”と力を合わせて、子どもたちが「安心できる居場所」を見つけ、「生きる力」を身につけることができるよう、力を尽くす団体です。
今回はHUG for ALL代表理事・村上 綾野(むらかみ あや)様に団体設立の経緯から現在のご活動、さらに今後の展望を伺いました。
■村上 綾野(むらかみ あや)プロフィール
京都府出身。神戸大学発達科学部卒業。二度の転職を経て2004年に株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、教育事業や新規事業開発を担当。2012年頃に始めたボランティアがきっかけで2016年にHUG for ALLを立ち上げ、現在に至る。
HUG for ALLの設立と概要
HUG for ALLの設立に至ったきっかけを教えてください。
10年くらい前に初めて、日本の子どもの7人に1人が貧困状態である、という話を聞き、大きなショックを受けました。そこから色々調べ始め、日本に「児童養護施設」というものがあることを知りました。
その後、児童養護施設を出て進学を目指す18歳前後の若者たちのスピーチコンテストに伴走するボランティアを始めたことで、多くの施設出身の若者たちと出会いました。苦しかった過去を乗り越えて前に進もうとする彼らを見て、その強さと優しさを感じて「なんて素敵な子たちなんだろう」と思ったんです。
でも、そのとき知り合ったある施設職員の方から「このボランティアプログラムに参加できる施設の子って、トップ5%の優秀な子ですよ」と言われたことがありました。
当時はまだ、施設を出て進学する子が少なく、多くの子が就労の道を選んでいました。また、このボランティアプログラムは大人3人と若者1名がチームを組んで、協力しながら進めていくもの。「知らない大人と関係性を作っていこうって思えるって、すごく難しいことなんですよ」と言われたんです。
施設出身者の自立支援が大きな課題となる中で、自立支援団体も増えてきていた頃でしたが、施設を出た若者たちが「大人とかかわるのが怖い、かかわりたくない」という思いを抱えているのだとすると、彼らは必要なサポートにたどり着けないんじゃないだろうか…と、そのときとても苦しい気持ちになりました。
そこで、子どもたちが施設にいる間から、大人との信頼関係を積み上げていくことができれば、社会に出たこどもたちが頼る先をつくれるのではないか、と思うようになりました。これが、HUG for ALLの活動の根っこにある原点です。
HUG for ALLの小・中学生が対象のサポート「まなびクエスト」「あそびクエスト」「はたちクエスト」はどのような経緯で生まれたのでしょうか?
最初は「子どもたちの勉強に悩んでいます」という施設職員さんの言葉から「小学生の学習支援」を始めました。ただ、私自身の課題意識は「子どもたちにとって頼れる大人の存在をつくること」なので、それも踏まえた活動のありかたをしようと考えました。
また、プログラムを考えるときに一番大事にしたいと思ったのは、こどもたちの「生きる力を育む」ということでした。
虐待などの苦しい経験を経てきた子どもたちは、心のどこかで「自分は幸せになっちゃいけない」と感じていたり、自分に自信がなくて「勉強なんかしてもどうせ成績はよくならない」とあきらめてしまっていることがあります。
そんな子どもたちの傷ついた心の中を考えてみたときに、子どもたちにとっての「生きる力」ってなんだろう?ということを考えて定義したのが「学ぶ力」「わくわくする力」「自分らしさ」の3つの力です。(ちなみに「学ぶ力」というのは「勉強する力」でなく、「いろんなことに挑戦しようとしてみる力」という意味合いです)。
そこから考えたのが、「まなびクエスト」「あそびクエスト」「はたちクエスト」の3つのプログラムです。
HUG for ALL、3つのクエストの特徴
「まなびクエスト」が子ども1人に対して、担当ボランティア2名以上でサポートを行う理由を教えてください。
子どもたち一人ひとりをしっかりと見ていきたいということから、1人の子どもに複数の担当をつけています。
児童養護施設の職員さんって、実はとても忙しいんです。何人ものこどもたちの生活を支えながら、学校とのやり取りや、施設の中の仕事もしている。子どもたちとゆっくり話したい、一人ひとりに向き合いたいと思っても、なかなか時間が取れないことが多いんです。
私が最初のボランティア1年目にかかわった女の子は、1年前にお母さんを亡くして施設に入所した子で、成績も優秀で都立の有名校に通う高校生でした。
一方で、その施設で一緒に暮らす同年代の高校生たちは、夜に繁華街に遊びに行ってしまったり、学校にもなかなかいくことができなかったりと、難しい状況にある子が多くいたそうです。
そんな中で、私が担当した彼女は、職員さんから「●●さんは優秀だし、ちゃんとしてるから、大丈夫だよね」とよく言われていたそうです。
ただ、その子は「職員さんに悩みを相談できない」ことにすごくストレスを抱えていたんです。「母を亡くして悲しくて苦しいのになんで他の子と比べて、私の方が環境がマシだから我慢しなきゃいけないの?」と思いを打ち明けてくれたこともありました。
この時に「やっぱり子どもたちにとって自分のことだけを見てくれて、自分のことを大切に話を聞いてくれる大人が必要なんだな」と実感したことが、現在のHUG for ALLでの「担当制」につながっています。
そしてもう一つ、複数の大人が担当する理由なのですが、1対1だといろんな意味で「逃げ場がない」と思うんです。
こどもと大人で対立してしまうこともあると思いますし、大人もエネルギーがなくなってしまったり、忙しくて活動に参加するのが難しいこともあります。担当が複数いれば、大人同士でフォローしたりサポートし合うこともできる。そうすることで、大人が「自己犠牲」をするのではなく、自分自身のことも大切にしながら、活動に参加し続けてほしいと思っています。
続いて、「あそびクエスト」はどのような目的を持ったプログラムなのかを教えてください。
「あそびクエスト」は子どもの『好き』や『得意』を見つけることを大事にしているプログラムです。アート・サイエンス・運動など、「まなびクエスト」の枠組みの中ではできない体験を提供しています。
こどもの姿で今でも心に残っているのは、ミニチュアフードでパスタをつくるワークショップでの、ある男の子の姿です。
当時小学校5年生だった彼。勉強のときにはなかなか集中力が続かず、じっと座っているのもちょっと苦手。
でも、そんな彼が、このパスタづくりのときには、すごい集中力を見せたんです。パスタの麺を作る工程で、「麵の形」にこだわって、1時間以上ずっと試行錯誤を繰り返していました。そこで「この子は造形や作品作りが好きで、手先を動かす作業にすごく集中できる子なんだな」と気づきました。
「あそびクエスト」では、ある程度の枠組みは決めても「絶対この通りにやりなさい」みたいなことは言いません。自由を担保して、子どもたちの主体性に任せています。
こうすることで、その子自身の本当に得意なことや興味関心が見えてくるため、子どもたちに対する声かけやサポートの土台作りに役立っています。
「好き」を新しく見つけることが子どもたちの将来につながるとは素敵ですね。「はたちクエスト」についても詳しく教えてください。
「はたちクエスト」は、これから社会で生きていくために必要なことを、子どもとクエストフレンドが対話を通して共に考えていくというコンセプトのもと行っています。
例えば、子どもたち自身が大切にしている価値観に気づくためのワークを実践したり、動物占いやMBTI診断を使って自己分析することもあります。
また、企業のかたがたにご協力をいただきながら、仕事について知り、考えるためのワークショップを実践することもあります。2024年度はZOZOさん、2023年度はパーソルキャリアの方々にご協力をいただきました。
企業の方にご協力いただくことで、より実社会での経験をイメージできる時間になったのではないかと思います。
この「社会を知る」ということの中には、先ほどの仕事についての話だけではなくて、「実際に一人暮らしをするときに考えておくべきこと」なども含まれています。
施設を出る直前の高校2年生・3年生は、施設を出てからの生活に不安に抱えることも多くあります。「お金の収支は大丈夫かな」「家ってどうやって探せばいいの?」「炊事洗濯掃除できるかな」など、気になることは盛沢山。そういったことも、はたちクエストの中では取り扱っています。
まずは自分のことを知り、社会のことを知り、そして将来のことを考えていく。それらについて、それぞれの子どもの年代や状況に応じて取り組んでいくプログラムだと考えていただければと思います。
「はたちクエスト」を経験されて、社会に出た子どもたちからはどのような反応がありましたか?
施設の職員さんからは「子どもの将来を考えるにあたって大切なことを考えるきっかけをくれて、子どもの想いも引き出してくれるのがとてもありがたい」というお声をいただいています。
最近の話なのですが、「施設を出てから何をやりたいか」の具体的なイメージが持てず、なかなか「将来やりたいこと」が決まらない子がいました。
その子と将来について話をしていたとき、突然「実は狩猟に興味があるんだ」と伝えてくれたんです。小学生のころから猟師になりたいという気持ちがありつつ、どうせ無理だとあきらめていたようでした。
彼からの初めての「やりたい」宣言に、私たちも職員さんも大盛り上がり。趣味にするのか、仕事にするのか。どちらにしても狩猟の免許を取ってまずはやってみたほうがいいんじゃないか。そんなことを彼と共に考え始めました。
実際に猟師をやっている人の話を聞いたり、狩猟体験ができるイベントにも参加してみたり、彼自身が「狩猟している自分」をイメージできるような活動を重ねました。
「はたちクエスト」で、やってみたいことをただの夢物語じゃなくて、実際に叶えられるものなんだと思える時間を作れたのではないかなと思っています。
子どもに関わるボランティア「クエストフレンド」の想いとは
クエストフレンドになるために必要な資格などはありますか?
特に資格は求めていません。人生を通して子どもたちと向き合っていきたいという思いがあるか。子どもに対して「対等な一人の人間」としてかかわることができるか。子どもたちに幸せになってほしいと願う気持ちがあるか。こう言ったことを一番大切にしています。
また、私たちはミッションに「自分への信頼を育み、社会への信頼を育む」と置いています。子どもたちが自分への信頼や社会への信頼を育むためには、彼らの周りにいる私たち大人も、自分を信頼し社会を信頼していることが必要だと思っています。
そういう意味では、クエストフレンドのみんなにも、自分や周りの人、社会を信頼して「自己開示」をしてもらうことも大事にしたいと思っています。
クエストフレンドの皆様にとってのやりがいを教えてください。
先ほどお話しした通り、一人ひとりのメンバーが担当を持っているので、その子の成長を長く見守ることができるのがやりがいなのではないかと思います。子どもたちを可愛いと思う気持ちも、みんなそれぞれ大きくて、それが活動を続ける原動力になってるのではないかと思います。
小学生のころに出会った子どもたちと、施設を出て成人を迎えてもずっと関係性が続いていくので、親戚のおじさん・おばさんのように「あんなに小さかった●●がもう20歳になるよ!」と、みんなでわいわい話しながら、子どもたちを見守っていくことができれば…と考えています。
子どもたちと接するときにはどのようなことを心がけていらっしゃいますか。
1番大事にしているのは「一人の人として、対等な立場で向き合うこと」です。
人と人はそもそも対等な存在で、こどもたちも、クエストフレンドである大人たち一人ひとりも、これまでの人生の中で、それぞれ違う経験を積み、違う価値観をもって生きているのだと思います。
だからこそ私たちは「クエストフレンド」という名前の通り、子どもたちにとっての「友達」として、対等に向き合っていきたいと考えています。
そういう意味では「大人ぶらない/自分の価値観を子どもに押し付けない」ということも、とても大事にしています。
また、過去に苦しい経験をしてきた子どもほど、自分を否定的にとらえたり、自信がなかったりすることがあります。そのため、クエストフレンドのみんなには「子どもの素敵なところやいいなと思ったところ、できるようになったことなどは率直に口にだして伝えてほしい」とリクエストをしています。
子どもたちの「自分への信頼/社会への信頼を高める」ことができるように、関わっていくことを大切に、子どもたちとのかかわりを続けています。
今後の展望と子どもたちへのメッセージ
HUG for ALLの今後の展望について教えてください。
まさに今年度、新たにビジョンとミッションを策定したところで、私たちの事業を今後どのように展開していこうかを改めて考えています。
まず、私がやっていきたいと考えているのは、子どもたちが自分への信頼や社会への信頼を育むために必要な、プログラム設計と、そこでのかかわりのしくみを確立することです。
そして同時に、こどもたちにかかわる大人たち一人ひとりが、どのような存在であるといいか、そのために何をどう学んでいけばよいのかということも、デザインしていきたいと考えています。
これらが形になっていく中で、いま全国に約600ある児童養護施設をはじめ、社会的養護にかかわるすべての人たちに役立つ「ありかた」を発見していくことができるのではないかと考えています。
将来的には、施設だけではなく、里親さんや、一般のご家庭、学校や園、学童や習い事など、子どもにかかわるすべての場所に、還元していくしくみをつくってみたいとも考えています。
また、もう一つやっていきたいと考えているのが、児童養護施設向けの総合的なサポートの拡充です。
例えば施設職員の方々の業務負荷を減らす、心理的な負荷を減らすことや、職員さん向けのワークショップ。例えば、施設の近隣に施設でくらす子どもたちがいつでも立ち寄れる「居場所」をつくること。学校や地域との連携サポート。やってみたいこと・お力になりたいことが山積みですが、施設職員のかたがたのお声も聴きながら、本当に必要なサポートをお届けしたいと考えています。
「広がり」と「深まり」。この2つの言葉をキーワードに、HUG for ALLの未来をわくわくしながら考えています。
最後に子どもたちへメッセージをお願いいたします。
いま、苦しさを抱える「子ども」のみなさんへ
みなさんには無限の可能性があります。自分ではまだ信じられないかもしれないけど、みんなの未来は、どんな方向にも、どんな形にも、自由に広がっているんです。
家族との生活でしんどいことがあったり、家族と離れてくらすことになったり、これまでの人生の中で苦しい経験をしてきた人もいるかもしれません。でも、いま、この瞬間、みんなは自分の人生を生きています。
過去にどんなに苦しい経験や悲しい出来事があっても、いま、みんなは、生きている。それはみんなが誇るべき「強さ」です。自分が持っている「強さ」を知り、自分にはこれからの人生をつくっていくことができるという自信をもってほしい。それが私の願いです。
みんなは、それぞれの「幸せ」を生きていくための力があります。自分にとって幸せなことは何か。どう生きていけば幸せなのか。自分の未来をあきらめることなく、自分自身で将来をつくっていってください。
一人ひとりが「生きる力」を発揮できるように、私たちHUG for ALLは社会全体を「安心できる居場所」にできるように、活動を進めていきます。
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