企業のこれまでとこれから
御社の創業から現在に至るまでの歴史について、転換点となった出来事を含めて教えてください。
島田の地での商いとしては、現在の呉服専門店に至る前の両替商(江戸時代)、質屋(江戸~明治時代)、ふるてや(明治時代後期~)があり、衣料を中心とした“ふるてや”から数えただけでも130年近くになります。この土地の人々と共に長い歴史を生きてきた天野屋です。
ライフスタイルの変化によりお客様の着物に対する位置づけや考え方が変化している昨今、過去の業態に捉われることなく、人々がより豊かな時・空間を過ごすことができるよう、新たなご提案、サービスを提供しております。
「きもの」は最大のサスティナブル。きものはアップサイクルすることも、リメイクすることも、染め直すことも、リコーディネートすることもできるため、弊社はモノの価値変換と楽しさを提唱し、可能性を広げる活動を続けています。

御社の現在の事業の強み・特徴やこれからの展望について教えてください。
弊社はこの土地で長い歴史を持つ呉服専門店として「信用」「信頼」「安心」を信条に正直な商いを続けてきました。
長い歴史を大切にしつつも、現代の生活スタイルや感性に合ったモノやコトを提案していきたいと考えております。
そして弊社の強みは高いコーディネート力で、お持ちいただいたお着物に合わせて、その場でお客様にとってベストな装いの組み合わせをご提案することも可能です。また着物だけではなく、着物生地を使った手作り小物や、洋服なども取り揃えており、気軽に入りやすい店づくりになっています。
今後はアートギャラリーやくつろぎカフェスペース、着物の着方レッスンなど、お客様が立ち寄りやすい環境を整え、着物に関するお困りごと全般に対応していきたいと考えております。
企業から見た地域の魅力について
御社から見た静岡地域の魅力について教えてください。
天野屋がまだ両替商だった江戸時代、島田の街東海道の宿場町として栄えていました。
その後架けられた蓬莱橋も日本一長い木造の橋として有名で、着物を来て集うイベントもあります。3年に一度開催される「帯祭り」は日本三大奇祭の1つで、着物の帯を両刀に掛けた大奴が練り歩く姿は荘厳です。
また「島田髷」の発祥の地であるこの地域で毎年開催される「島田髷祭り」は、島田髷の女性たちが集う珍しい祭りです。
全国でも有数なお茶の産地である金谷では毎年「お茶まつり」も開かれています。このように様々な歴史を育み、歴史的文化を大切に繋いでいるのが島田です。

企業が求める人材像について
御社に応募していただきたい人材像について、具体的に教えてください。
日々の生活の中でおしゃれを楽しみ、きものを愛する方にぴったりのお仕事です。和の美しさや伝統に魅力を感じ、ご自身もきものを日常に取り入れているような方なら、自然と楽しみながら働いていただけます。また、お客様との会話を大切にし、おしゃべりを楽しめる方にも向いています。聞き上手でありながら、場の雰囲気を明るくするようなお話し上手な方なら、接客の場でもその魅力が存分に発揮されることでしょう。人とのふれあいを大切にしながら、自分らしく働ける環境です。

ひとを知る
会社役員 呉服事業責任者
天野 衣恵
美術大学卒業後、化粧品会社の宣伝部にデザイナーとして入社し、店頭デザインやディスプレイから始まり、グラフィック、パッケージ、Webデザインなどブランディングのためのデザインクリエイションを手がけて30余年。2019年頃、実家の家業であり、自身も好きだった着物の勉強をはじめ、和装着付けの師範・教授免許を取得。その後2023年、実家である呉服専門店を継承し、日本文化としてのきものの素晴らしさ、生活の中にそれを取り込めるようなご紹介ができないか日々、奔走中。
SDGsへの取り組み
- 【9】日本の伝統文化・工芸技術によって産みだされる着物が絶えることのないよう、着物生地を素材として捉え可能性を広げています。また、リメイクした手作り小物をプロヂュースして販売中です。
- 【11】地元の人々が立ち寄りやすいような店内環境を整え、今後はアートギャラリー、くつろぎカフェを設置する計画です。
企業プロフィール
企業名 | 有限会社天野恵 |
---|---|
所在地 | 〒427-0022 静岡県島田市本通り3丁目5-11 |
創業年 | 1953年創業 |
代表者 | 代表者 天野 陽子 |
事業内容 |
|
WEBサイト | リンクはこちらから |
企業ロゴ | ![]() |